森崎東監督が死去で死因は病気?兄は誰で認知症か

映画監督の森崎東さんが死去いたしました。

享年92歳で森崎さんの訃報を聞くことになりましたが映画関係者の多くが悲しみのコメントを出しております。

人気映画の監督を数多く手がけファンも多かった映画監督で、Twitterなどでも森崎東監督の死去を悼む声が多数投稿されております。

下記がそのツイートの一部です。

赤木春恵さんが88歳で初主演された「ペコロスの母に会いに行く」、大好きな映画です。ご冥福をお祈りいたします。

喜劇タッチの多い監督さんというイメージですが、40年くらい前ですか土曜ワイド劇場の特別版で松本清張原作の「小説帝銀事件」を監督されたのも森崎監督です。平沢貞通を仲谷昇さんが演じ、刑事を田中邦衛さんがやっていました。去年あたり CS でやってましたが脚本は新藤兼人さん。超硬派な社会派の作品でした。この手の作品も森崎さんは監督出来るんだなと感心しました。

森崎監督のファンの方々はそれぞれに思い入れの映画やドラマの作品があります。

今回はそんな森崎東監督の死去に関して取り上げます。

森崎東監督が死去

森崎東監督の死去は朝日新聞などが下記のように報道しております。

「喜劇・女は度胸」「時代屋の女房」など庶民の反骨精神を明るく描いてきた映画監督の森崎東(もりさき・あずま)さんが16日死去した。92歳だった。

1956年に松竹入社。野村芳太郎や山田洋次の助監督に付き、69年、「男はつらいよ」第1作の脚本を山田とともに執筆する。初監督は同年、山田の原案になる泥臭い人情ドラマ「喜劇・女は度胸」。翌年には「男はつらいよ フーテンの寅」を監督するが、過激な描写が寅さんの雰囲気に合わないとして、シリーズからはずされる。

その後、「喜劇・女は男のふるさとヨ」「喜劇・女生きてます」など人情豊かな喜劇を監督。「喜劇ではなく怒劇」と自ら称するように、社会から虐げられている庶民の怒りを代弁する作品を生涯撮り続けた。

 04年の「ニワトリはハダシだ」で芸術選奨文部科学大臣賞。認知症の母親の介護を明るくつづった13年公開の「ペコロスの母に会いに行く」が、キネマ旬報ベスト・テンの1位に選ばれた。これが最後の作品になった。

出典:朝日新聞デジタル

「男はつらいよ フーテンの寅」も森崎東氏の監督でした。

有名な作品が多く誰もが一度は目にしたことがあるような映画を数多く作って来られました。

92歳という年齢ですが晩年まで映画監督として活動し業界の発展に尽力もされてきたのが森崎監督です。

森崎東監督の死去は映画業界に深い悲しみを与えております。

死因は病気?

森崎東監督の死因は何の病気だったのでしょうか。

報道では具体的な病名が書かれてはおりません。

92歳という年齢を考えるとがんをはじめとする病気になっていたもおかしくは無くさらに老衰などで死去した可能性もあります。

死因などは今後続報で伝えられる可能性もありますのでその際にはこちらのブログにも森崎監督の死亡の原因も追記しようと思います。

兄は誰で認知症か

森崎東監督の兄は誰なのでしょうか。

兄は森崎湊さんで戦後まもなく死去されております。

その兄の湊さんの日記がのちに出版され、映画化の中で出てきます。

さらに森崎東監督に関して調べていると「認知症」という言葉が出てきます。

これは2013年に公開された「ペコロスの母に会いに行く」の作品に由来しております。

認知症の母親に会いに行きそのやり取りなどを描いた映画で知っている方も多いのではないでしょうか。

さらにこの時の撮影時には自分自身も認知症の病と闘いながらの撮影だったということで、もう一回見てみたい作品です。

ネットの反応

森崎東さんの死去の報道は速報で映画界だけでなく一般の方にも報じられました。

Twitterなどネット上では森崎監督の訃報でまた時代がひとつ終わったなどの感傷的なコメントもあります。

昭和から大活躍していた名監督の死去ということでファンたちは様々な思いを胸に馳せているようです。

「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」、強烈な印象でした。平成生まれの私にとっては、世の中にこんな映画があるのかと、本当に驚きましたし、渋谷のシネマヴェーラで特集があったときには通うのが楽しくで仕方がありませんでした。「喜劇 特出しヒモ天国」をまた見たいです。

街の灯(1974年)という堺正章 主演の映画が私の地元でロケされたので印象に残っています。「ペコロスの母に会いに行く」を撮影されていたときはすでに認知症を患ってらしたけどスタッフの助けもあって完成されたんですよね。
ご冥福をお祈りします。

日本映画が二本立て公開が一般的だった頃、
森崎監督のような手練れの作品を見るのが楽しかった。
「街の灯」大好きな作品です?
お疲れ様でした。ご冥福をお祈りします。

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