ゴルバチョフ元ソ連大統領の死去が報じられました。
冷戦を終わらせた人物として歴史に名を残す人物ですが様々な評価があるようです。
ゴルバチョフ元ソ連大統領は年齢が91歳だったということですがペレストロイカなど多くの業績がありました。
本日はゴルバチョフ元大統領の訃報や死因に関してのトピックです。
ゴルバチョフ元大統領が死去
【訃報】旧ソ連のゴルバチョフ元大統領が死去 91歳https://t.co/OcpMweuGkS
タス通信によると、1991年に崩壊したソ連最後の最高指導者として東西冷戦を終結に導き、90年にノーベル平和賞を受賞したミハイル・ゴルバチョフ氏が死去。入院していた病院が明らかにしたという。 pic.twitter.com/cdo5AhkQiS
— ライブドアニュース (@livedoornews) August 30, 2022
ゴルバチョフ元ソ連大統領の死去は世界中で速報されました。
西側諸国との冷戦を終わらせたソ連最後の指導者、ミハイル・ゴルバチョフ元大統領が30日、病気のためモスクワで死去した。91歳。
タス通信が伝えた。1980年代半ばに疲弊していた体制を立て直す「ペレストロイカ」政策に取り組んだが、結果としてソ連崩壊を招き、国内では批判にさらされた。
一方でノーベル平和賞を受賞するなど外国では高く評価されて、皮肉な半生を送った政治家だった。
エリツィン氏らは91年12月、ソ連を構成する共和国が参加した独立国家共同体(CIS)の発足を表明。ゴルバチョフ氏は大統領を辞任し、69年続いたソ連の歴史に幕が下ろされた。
退任後はゴルバチョフ基金総裁に就き、国内外で評論活動などに従事した。96年のロシア大統領選に出馬したが、得票率は1%に満たず、国内の低い評価は覆らなかった。
出典:毎日新聞
ゴルバチョフ元ソ連大統領は歴史に名を遺す大統領です。
ロシア国内ではあまり評価が高くないようですが西側世界では冷戦を終わらせた人物ということで高評価となっているようです。
ノーベル平和賞の受賞など大きな功績がありますが西側世界での評価ということなのかなどの声もあるようです。
今後時間が経ち歴史の評価がゴルビーの行ったことをレビューしてくれるのかなどの感想もあります。
世界中に速報されたゴルバチョフ氏の訃報は現在のロシアの人々に何を感じさせるのでしょうか。
死因の病気
ゴルバチョフ元ソ連大統領死去、東西冷戦終結を主導 91歳 https://t.co/P838POpTvl
— ロイター (@ReutersJapan) August 30, 2022
ゴルバチョフ元ソ連大統領の死因は病気と報道されております。
どのような病気だったのでしょうか。
年齢が91歳ということで何らかの持病は持っていたようですが具体的な病名などは明らかにされていないようです。
具体的な死因に関しては公式の発表はないようですが今後死亡した原因などが明らかになった際にはこちらのブログに追記しようと思います。
娘
ゴルバチョフ元ソ連大統領の娘など家族構成はどのような感じだったのでしょうか。
娘さんはIrina Mikhailovna Virganskayaさんで現在は高齢になっているようです。
詳しい情報はほとんど出てきませんがあまり表舞台に出てきてはいないようです。
ゴルバチョフ氏の娘ということでロシア国内ではあまり評価は高くなかったようです。
若いころの画像は?
最後の旧ソ連書記長、
ゴルバチョフさんがご逝去なされた。
ご冥福をお祈りします。この機会に、政界引退後もちょくちょく日本に顔を出し、世界平和を望まれていたゴルビーさんを載せておきます pic.twitter.com/LjonmQqJ0L
— フルメッチョ (@fulmettyo) August 30, 2022
ゴルバチョフ元ソ連大統領に関しては年配の方からは懐かしいなどの感想もあるようです。
冷戦が終結したのは今から約30年ほど前のころです。
ソ連が崩壊するとはだれも予想していなかった頃に現実にソ連や東ドイツが連鎖的に崩壊していきました。
現在のウクライナ情勢にも関係してくるのかもしれませんが歴史に翻弄された人生をゴルバチョフ氏は送ってきたのかもしれません。
数奇な運命と幸運が重なり自分自身の使命を果たしたのかもしれないなどの意見もあります。
現在のロシア情勢をゴルバチョフ氏はどのような気持ちで見ていたのでしょうか。
Twitterにはゴルバチョフ氏への追悼のコメントや歴史的な存在意義に関してのメッセージがたくさん書き込まれています。
ミハイル・ゴルバチョフ氏が亡くなりました。歴史的評価はさておき、氏が実践したペレストロイカ、グラスノスチが導いたソ連の民主化?冷戦終結という、かつてあり得ないと思っていた歴史の激変をこの目で見て世界平和は夢じゃないんだと信じた世代としては、一つの時代の終焉を感じずにはいられません pic.twitter.com/znpaUbfEat
— 阿乱隅氏 (@yoiinago417) August 30, 2022
ブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコと続いた高齢者施設の利用者のような書記長に代わり、当時若く清冽な印象のゴルバチョフが登場した時の衝撃は大きかった。
ソ連国内と西側とで評価が大きく異なるとは思うが、当時のソ連の「どん詰まり感」の中で彼が登場したのは歴史の必然だったように思える。
ロシア人が思い描く強い指導者像とは違うタイプのようでいて、あれだけの改革を実行したのはやはり相当強いリーダーシップがあってこそだ。
強いリーダーが権力の座を追われた後は、冷静な評価をされないものだ。ロシア国内における冷静な評価には今少し時間が必要だろう。