小柴昌俊が死去(死亡)死因は病気?役に立たないとは

2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんが死去いたしました。

享年94歳ということですが現在は東京大学特別名誉教授の小柴さんの死亡は大きな衝撃があるようです。

物理学会の巨星が堕津という印象の小柴昌俊さんの訃報ですが学会にも大きなショックを与えております。

今回は現在速報されている物理学の小柴昌俊さんの死去に関して取り上げます。

小柴昌俊が死去(死亡)

ノーベル物理学賞の小柴昌俊さんの死去は各報道機関が速報しております。

素粒子ニュートリノの観測に成功し、2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊(こしば・まさとし)東京大特別栄誉教授が死去したことが13日、分かった。

94歳だった。愛知県出身。 

1951年、東大理学部卒。米国留学を経て58年に東大助教授、70年に同教授。87年に定年退官した後、東海大教授などを経て05年に東大特別栄誉教授。

 岐阜県飛騨市・神岡鉱山地下に、3000トンの水を蓄えた観測装置「カミオカンデ」の建設を提唱し、83年に完成させた。当初の目的は素粒子物理学のテーマの一つ「陽子崩壊」の観測だったが、小柴さんは宇宙から飛来するニュートリノの検出に使えると考え、装置を改良した。

ニュートリノは理論的に存在が予測されていたが、あらゆるものを通り抜けるため観測が難しかった。小柴さんはニュートリノが水の分子と衝突した際、ごくまれに生じる光を捉えようと試みた。

 87年1月、カミオカンデで観測を開始。翌2月、地球から17万光年離れた大マゼラン星雲で起きた超新星爆発で生じたニュートリノの観測に成功した。小柴さんが定年退官する1カ月前だった。

出典:時事通信社

小柴昌俊さんは現在では東京大学理学部に小柴ホールなど名前を冠した施設もあります。

安田講堂の裏ての建物で近年は企業とのタイアップで大きな投資もしている意欲的なプロジェクトです。

そんな東大でも一目置かれるような物理学会の重鎮である小柴昌俊さんの死去は世界的にも大きな報道となっているようです。

90代での死去ということですが弟子にも先立たれるなど様々な出来事があったようです。

死因は病気?

小柴昌俊さんの死因は何だったのでしょうか。

現在の報道では速報で小柴さんの死亡がつら得られているのみでその原因や要因は報道されておりません。

94歳という年齢を考えると老衰や何らかの持病の可能性も高いようです。

具体的な病名や死因となった病気などは現時点では公開されておりません。

今後小柴昌俊さんの死因などが公にされた折にはこちらのブログにもその原因などを記していこうと思います。

役に立たないとは

小柴昌俊さんに関しては検索結果に「役に立たない」などのワードが出るとして一部で関心があるようです。

小柴さんとこの「役に立たない」とはどんな関係があるのでしょうか。

これはニュートリノの発見時にマスコミから、何かの役に立ちますかと質問を受けた時の答えの時にでました。

ニュートリノ素粒子の発見は何も役に立たないと断言したエピソードがあります。

基礎研究とは何かの役に立つためにやっているのではない、しかし、やらなければいけないことがあるとの認識で必要です。

重大な発見がその時には何かの役に立つかは誰もわからないという例は枚挙にいとまがないのです。

ネットの反応

SNSでは小柴昌俊さんの死亡に関して多くのコメントが寄せられております。

やはり研究が役に立たないというコメントのエピソードを思い出す方も多いようです。

愛知県豊橋市の方の投稿もあり本当に小柴さんの死去は残念だなどの意見が多いようです。

残念です。ジョークで「僕の研究はクソの役にも立たない」と言っていたのが記憶に残っています。ご冥福をお祈り致します。

どんなに偉大な方でも、いつかは亡くなる、けど、その人の残した功績はいつまでも輝き続けると思います。
ご冥福をお祈りします

ノーベル賞受賞当時、自分は高校生でしたが彼の講演会に行く機会がありました。
帰りのエレベーターで一緒になり、握手をして貰ったのを覚えてます。
その時にかけて頂いた「頑張ってね」の言葉、大事にしたいと思います。

研究には膨大な金がかかる事をあの施設は如実に物語っている。
だが目先の金にならないような研究が、人類のためにいかに大切かをこの方のノーベル賞受賞が教えてくれた。ご冥福をお祈りいたします。

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