なかにし礼が死去|死因の持病は心疾患の病気でがん治療法とは?

作詞家のなかにし礼さんが死去いたしました。

中村泰士さんに続き昭和の歌謡界の巨星が又堕ちてしまった印象です。

大ヒット曲の作詞だけでなく作家としても直木賞を受賞するなど大きな偉業を成し遂げておりました。

仕事にも厳しくきちんとした現場が印象的だったなどの関係者の話もあります。

死去した原因は公式には公表されていないようですがどのような死因だったのでしょうか。

今朝は作詞家のなかにし礼さんの死亡やその病気に関して取り上げます。

なかにし礼が死去

作詞家で直木賞作家のなかにし礼さんの死去は各紙が以下のように報じております。

「北酒場」「石狩挽歌」など数多くのヒット曲を手掛けた日本歌謡界を代表する作詞家で直木賞作家のなかにし礼(なかにし・れい、本名中西禮三=なかにし・れいぞう)さんが24日、東京都内の病院で死去した。82歳。

死因は明らかにされていないが、1カ月ほど前に持病の心疾患で入院していた。

数々のヒット曲を作詞した昭和を代表するヒットメーカーで、映画やオペラの製作でも活躍。時の政権を厳しく批判する辛口のテレビコメンテーターとしても、お茶の間に愛された人だった。

関係者によると、1カ月ほど前に持病の心臓病が悪化。都内の病院に入院していた。

出典:スポニチアネックス

なかにし礼さんは昭和を代表する作詞家で石原裕次郎さんとの関係から歌謡界に入ってきたそうです。

ネット上では昭和の名曲を作ってきた方々の訃報に悲鳴に近い声が聞こえてきます。

テレビなどでコメンテーターとして活躍していた時期もあり多くの方に愛されてきた方です。

直木賞を受賞するなど多くの才能を開花させておりました。

まだ活躍できたのになどのコメントがTwitterなどにもあります。

死因の持病は心疾患の病気か

なかにし礼さんの死因は何だったのでしょうか。

公式には、なかにし礼さんの死亡の原因や要因は発表されておりません。

しかし、がんや心臓の持病があったことが知られております。

メディアでも下記のように報道されております。

この10年は病気との闘い。2012年に食道がんを克服し、3年後に再発するも、それも克服。心臓病は92年からの持病で、16年に除細動器とペースメーカーを埋め込み、劇的に改善していただけに周囲のショックは大きい。

一度は食道がんになりましたが治療がうまくいっていたようです。

心臓にも持病を抱えておりペースメーカーを入れていたとのことです。

様々な持病など特に心臓関係の病気が今回のなかにし礼さんの死因となったのではなどの意見が多いようです。

82歳という高齢も今回の訃報に関係していたのかもしれません。

がん治療法とは?

なかにし礼さんの名前を検索すると「がん治療法」というワードが出てきます。

何か特別ながん治療法があったのでしょうか。

食道がんの再発という事態でも82歳まで生きてきましたし死因は心臓関係の持病との報道もあります。

なかにし礼さんの食道がんの治療は、陽子線治療と抗がん剤という選択だったようです。

手術もして食道がんと闘っていたということです。

がん治療法ではいかがわしい方法に手を出す芸能人もいますがエビデンスの有るメソッドで克服していったとのことです。

ネットの反応

なかにし礼さんの死去はツイッターでもたくさんの反応があります。

中年以上の方は口ずさんでいた曲を作っていた方々の訃報に落胆しているかのような書き込みも多いようです。

残念だとの声も多いようですが今回は作詞家のなかにし礼さんの訃報を取り上げました。

ついさっき、作曲家の中村泰士さんが亡くなられた記事を読んで「あー残念!」と考えていた矢先に、なかにし礼さん死去の記事。残念以外に言葉が出ない。

どんどんと昭和が駆け足で、遠のいて行く。詩が覚えやすく、曲も口ずさみやすい曲が多くあり、昭和生まれの人間にとっては、正に”青春時代の歌謡曲”でした。御二方、安らかに永眠して下さい。有難う御座いました。合掌。

心のこり
北酒場

作詞と作曲をしたお方がこの4日でお亡くなりになるなんて昭和がまた遠くになった証だね。

他にも数多くのヒット作品があり、皆様の口ずさめるような作品が多い。

創作意欲は衰えを知らないからこそ、まだまだ書いていきたい気持ちが強かったはず。

天国でたくさん書いてください。

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