死因は老衰or大腸がん?眞帆志ぶきが死去:宝塚と歌

元宝塚のトップスターの眞帆志ぶきさんが死去いたしました。

紅白歌合戦にも出場した宝塚の女優さんでしたが享年85歳での訃報となりました。

スータンさん、OGのイベントの映像でしか見たことないですが、独特な歌い方がものすごく印象に残ってます。現役時代の舞台も観てみたかったです。ご冥福をお祈りします。

母が大ファンだったので、「花のオランダ坂」「回転木馬」「トリスタンとイゾルデ」などを観劇し、その主題歌を今でも時々口ずさむこともあります。

今回は元宝塚の眞帆志ぶきさんの死去や死因に関して取り上げます。

眞帆志ぶきが死去

眞帆志ぶきさんの死去に関してはスポニチアネックスがこのように報じております。

元宝塚歌劇団雪組トップスターだった眞帆志ぶき(まほ・しぶき、本名・名和富美子=なわ・ふみこ)さんが9日午前9時、老衰のため東京都内の自宅で亡くなったことが10日、分かった。85歳。

神奈川県出身。事務所関係者が明らかにした。通夜は13日午後6時、告別式は14日午前10時、いずれも東京都品川区の桐ケ谷斎場で営まれる。喪主は実妹の富岡久仁子さん。

最近になって食べられない状態が続き、脱水症状の傾向が見られたため先月22日に都内の病院に救急搬送された。点滴処置を受けすぐに回復したため自宅に戻り、その後は自力で歩いたり、会話も歌も口ずさむなどしていた。

14年には古巣が創設した「宝塚歌劇の殿堂」に入り、同年4月に宝塚大劇場で行われた100周年記念公演、さらには東京・青山劇場などで行われた「セレブレーション100!宝塚」に出演。これが最後の舞台となった。

出典:スポニチアネックス

2014年までは劇場にたっておられましたが晩年は病との戦いだったようです。

宝塚の殿堂にも入ったある意味伝説の方が死去されたとのことです。

喪主は実の妹さんがされるそうです

死因は老衰or大腸がん?

事務所関係者によると、眞帆さんは14年ごろから、2度の大腸がん手術を経て一度は回復。最近になって食べられない状態が続き、脱水症状の傾向が見られたため先月22日に都内の病院に救急搬送された。

死去する直前まで自宅で療養という形でしたが2回も大腸がんの手術を受けておりました。

この大腸がんは直接の死因ではないということです。

従って死因は老衰ということになっておりますがこの大腸がんでの2度の手術が大きく影響していたことは想像に難くありません。

宝塚と歌の人生

眞帆さんは52年に宝塚歌劇団入団。

「スータン」の愛称で親しまれ62年、雪組トップスターに。相手役・加茂さくら(82)とは名コンビとしてうたわれ、星組に特別出演し主演した「ノバ・ボサ・ノバ」は後生に語り継がれるほどの名作となった。

72年にはNHK紅白歌合戦にも出場。宝塚屈指のエンターテイナーとして75年に退団するまで絶大な人気を誇った。

1952年に宝塚歌劇団に入団してその後トップスターになりました。

1972年の紅白歌合戦にも出場し国民的なスタートなっておりました。

これが約50年前のことになります。

ネットの反応

子供の頃、大劇場で観ました。
ダンスが凄くて、日本人離れしたお顔が印象的でした。
寂しいです。ご冥福をお祈りします。

小学生の時 今は亡き私の母と東京宝塚劇場でスータンさん主演の[忘れじの歌]を観劇しました。
劇中 アーニーローリーと故郷の空の歌がありました。八汐路まりさんが娘役さんで、確か
戦争の後 二人が再会するというあらすじで、感激して母と涙したのを今も懐かしく思い出します。
ショーでは、スータンさんのバナナボート本当に魅力的でした。
今は、私の娘も宝塚ファンで親子で観劇しています。
スータンさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

私も結構なファン歴ですが、さすがに眞帆さんの現役時代は知らず宝塚のイベント等をTVで拝見してたくらいですが、何故かよく知ってるような感覚を覚えます。
もう既にお年を召してとられましたが個性的でオシャレでノバボサノバの歌は声量が衰えててもカッコ良かったです!
心よりご冥福をお祈りいたします。

子供のころ、上の姉がスータンの大ファンで一緒に連れて行ってもらって何回も舞台を観れたのが良い思い出です。声量もあり本当に歌がうまかったですよね。
私のミスター宝塚です。

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