鬼沢慶一が死去|死因は老衰で松田聖子との関係は?

芸能リポーターの鬼沢慶一さんが死去いたしました。

数々のスクープを報道し多くの国民に親しまれてきた昭和を代表する芸能記者でした。

鬼沢慶一さんは89歳での死去ですが多くの伝説を残しております。

多くの鬼沢さんへの追悼のコメントがネット上にはあふれているようです。

最近のレポーターは、足で稼ぐのではなく、ネットの情報とか楽してスクープを取ろうとしている様な気がするし、モラルが欠如している様に思う。神田正輝、松田聖子さんの記者会見で、今の気持ちはと、普通では考えられない質問を投げかけたのは、悪い例として記憶に新しい。

各局に“名物リポーター”“看板リポーター”的な人がいましたが、それも今は昔。

芸能リポーターそれ自体が絶滅危惧種になってますね。

今朝は芸能レポーターの草分けである鬼沢慶一さんの死去に関しての話題です。

鬼沢慶一が死去

芸能記者だった鬼沢慶一さんの死去は下記のように報道されております。

1970~80年代に芸能リポーターとして活躍した鬼沢慶一(おにざわ・けいいち)さんが、昨年9月5日に老衰のため都内の病院で亡くなっていたことが12日、分かった。89歳だった。

出典:スポーツ報知

鬼沢慶一さんは多くの芸能人に信頼されていた稀有な存在でした。

昭和の大スターのスクープを連発していましたが89歳での死去となりました。

当時の芸能報道を懐かしく思っている方も多いようです。

鬼沢さんの死去で昭和がまた遠くなったなどの嘆きのコメントもあるようです。

死因は老衰

鬼沢慶一さんの死因は老衰ということです。

89歳という高齢で何らかの持病があったのかもしれませんが直接の死因は老衰ということです。

天寿を全うした感もありますが芸能レポーターとして第一線で活躍していたころを思い浮かべる方も多いようです。

松田聖子との関係は?

鬼沢慶一さんに関してネットで検索すると「松田聖子」さんの文字が出てきます。

先日娘の神田沙也加さんを失った松田聖子さんですが何か交流でもあったのでしょうか。

この松田聖子さんの名前が出てくるのは郷ひろみさんとの結婚の話題で当時鬼沢さんが活躍していたことに由来するようです。

その後松田聖子さんと郷ひろみさんは破局するのですが一連の報道の中でも鬼沢さんの報道は多くの方が注目していました。

経歴

鬼沢慶一さん

1932年6月16日、東京都生まれ。青山学院大文学部中退。57年スポーツニッポン新聞社入社。65年報知新聞社移籍。70年退社、フリーに転身。テレビで芸能リポーターを務めたほか、ラジオでもTBS「ミュージック・ハイウェー」を20年以上にわたり担当。著書に「涙の取材手帳」など。

鬼沢さんはスポーツニッポン新聞社に入社後、報知新聞社に転職。芸能記者として活動した。渥美清さんの結婚、小林旭(83)の結婚など数々のスクープをものにし、70年にフリーに転身。71年からはTBS系ワイドショー「モーニングジャンボ」で芸能リポーターの草分け的存在として活躍した。

「3時にあいましょう」、日本テレビ系「ルックルックこんにちは」のリポーターとして活躍。“芸能界のロッキード事件”として騒がれた詐欺事件の大原みどり事件、島倉千代子さんの6億円借金事件を独占取材するなど「鬼の鬼沢」の異名を取った。一方で、その人柄から石原裕次郎さん、勝新太郎さんら昭和の大スターとも親交が深かった。

結構硬派な方でしたね。
逮捕事件でない限りきつい取材はしなかったし。
安らかに。

この前の神田正輝さん、松田聖子さんの会見を見ていて鬼沢さんが居てはったら、こんな会見にならなかっただろうにと思いながら鬼沢さんの事を思い出していたところだったのに。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

梨元さんとは違いこの方の優しいしゃべりが印象的でした。
昔は芸能人の住所も電話番号も掲載されていた本が売っていた時代でしたからこの業界も凄く庶民的だった分、大変な仕事だったことでしょう。今の時代じゃ煙たがれる存在。嫌がられる仕事。発表も遅くしたのも解る気がします。

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